APサイトDNAの熱力学的安定性

 5'-CGCATGNGTACGC
 5'-GCGTACNCATGCG
 N部位にA,C,G,T,Fを含む上のような13merのDNA鎖を合成した。Fはtetrahydrofuranyl abasic site atalog。融点Tm、標準自由エネルギーΔG025℃、 標準エンタルピーΔH0、van't HoffエンタルピーΔHvH、効果分 子数neffを求めた。測定にはCD、UV、カロリーメーターを用いた。

  Tm		融点温度(K)
  Ct		全ストランド濃度(mol dm-3)
  ΔH0		標準エンタルピー(J mol-1)
  ΔHvH	van't Hoffエンタルピー(J mol-1)
  neff		効果分子数(mol dm-3)
  n		分子数(mol dm-3)
  T		測定温度(K)
  R		気体定数(8.314 J K-1 mol-1
 1/TmとCtのグラフを描き、n=2のときの切片からΔHvH = R/Δ Hoを求めた。neffは測定されたΔH0を用い求めた。


Tm(℃)ΔTm(℃)ΔG025℃(kcal/mol) ΔΔG025℃(kcal/mol)ΔH0(kcal/mol) ΔΔH0(kcal/mol)ΔHvH(kcal/mol)neff
A:T68.2 19.6 101.6 100.82.01
C:G71.4 20.5 98.1 89.82.09
G:C69.2 20.4 104.0 100.02.04
T:A68.4 20.4 104.1 98.22.06
F:A56.3-12.116.0-4.395.9-8.292.82.03
F:C55.3-13.815.4-3.091.0-13.087.42.04
F:G52.2-19.214.7-5.787.5-10.778.42.12
F:T53.0-15.215.1-4.594.0-7.689.52.05
A:F54.6-13.612.0-7.672.9-28.789.71.81
C:F50.7-20.79.1-11.356.5-41.680.71.70
G:F54.7-14.512.1-8.366.1-37.972.61.91
T:F52.5-15.99.1-11.358.2-46.092.01.63
F:F55.8-13.616.0-4.296.9-5.188.52.05
※ F: 2'-deoxyformycin A
※ 塩基対A:Tは-GAG-と-CTC-が対になっているDNA鎖を示す


 Fがpyrimidineと対を形成している場合はpurineとの対よりもTmの低下すなわちΔTmが小さ い。
 A:Tの対の片方が飛んでAPサイトが生成するよりもC:Gの対から生成する方がΔTmが大きい。
 APサイトはDNA鎖を-4~-13kcal/mol不安定化する。これは平衡定数にして103 ~109に対応する。これは全26塩基から1塩基が欠失しただけにしては大きすぎる。 このことから傷害の形成はDNAへリックスの構造を広げている可能性が考えられる。
 両方の塩基が飛んだF:FはΔΔGo = -4.2kcal/molと1塩基飛んだだけの場合と 同じかそれよりも安定である。また、13merから12merにした場合もそのΔΔGoは -1.7kcal/molと安定である。
 -GFG-の配列では平均-4.8kcal/mol、-CGC-では-9.6kcal/molと隣りの配列に大きく影響を受 ける。またAPサイトの反対側がpurineでは-8.0kcal/mol、pyrimidineでは-11.3kcal/molとな った。このΔGは25℃における値だが、この値の傾向は何度であっても同様になる。

 カロリーメーター(differntial scanning calorimetry)で測定した標準エンタルピーΔH もまたAPサイトの生成により変化する。その変化はAPサイトの反対側の塩基と近傍の配列に よって大きさが異なっている。
 特に近傍の配列の影響は大きく、-GFG-ではΔΔHo = -9.9kcal/molに対し、-CFC- では-38.6kcal/molになる。このエネルギーは13merのDNA鎖でのΔHoの40%にも相当 する。
 両方の塩基が飛んだF:FはΔΔHo = -5.1kcal/molと1塩基飛んだだけの場合より も安定である。また、13merから12merにした場合もそのΔΔHoは-7.2kcal/molと 安定である。
 近傍の塩基の影響では-GFG-のとき、対を形成する塩基により7kcal/molの幅がある。これが -CFC-では16kcal/molと大きくなる。

 van't Hoffの式は平衡定数の温度依存性からエンタルピーを見積もるのに使用することができ る。van't HoffモデルではDNAは中間体の状態を取らず、dsDNAかssDNAかのいずれかの2状態を 取ることを仮定している。ここではTmの濃度依存性を用いてvan't Hoffエンタルピーを求めた。
 分光学的もしくはカロリーメーターで求めたvan't Hoffエンタルピーは近傍の塩基の影響が あまり現れない。
 カロリーメーターで求めたΔHvHを見ると、-GFG-ではneffがどれも2 なのに対し、-CFC-では3つが2以下となっている。このことから、近傍の配列によってTmが変化 していることがわかる。

 測定されたΔΔGはΔΔHよりも小さい。これはエントロピー項が補完しているからである。 このようなエントロピー項による補完は傷害dsDNAがssDNAになるときに多く見られる。エント ロピー項の寄与が-CFC-よりも-GFG-の方が小さい。これは後者ではneffが2に近い ため打ち消されているからである。

 200~320nmのCDスペクトルからこれらの傷害DNAは標準的なB型二重らせん構造を取っている ことがわかった。F:NとN:Fのスペクトルをそれぞれ比較すると、それらはほぼ同じだった。AP サイトを含むDNA鎖と損傷のないDNA鎖との差スペクトルを取ったところ、-CFC-では205と210nm に負のピークを持つ相違が得られた。この相違はF:T以外の-GFG-では見られなかった。こららか ら-CFC-と-GFG-は異なったサブファミリーに属するB型二重らせん構造と取っていると考えられ る。


 APサイトが生じることによるDNAのB型二重らせん構造を維持する可能性として
 1.溶媒が仮の塩基として働き構造を維持
 2.APサイトの反対側の塩基がDNAへリックスの中心に移動し構造を維持
 3.APサイトやその反対側の塩基がへリックス構造の外側に移動し構造を維持
というものが考えられる。
 最近の研究からAPサイトはへリックスの外側に出るか内側に存在するかという2つのカテゴ リーに分けられる。外側に出るタイプはAPサイトの両側がpurineで囲まれている場合である。 これら2つのタイプが平衡状態にあるという報告もある。へリックスの外側に出すにはpurine で囲まれている必要があるが、それだけでは十分でないという構造の報告もある。

 今回報告するこれらのデータからAPサイトに関わるDNA傷害修復酵素は基質のエネルギー 的にも進化分岐してきたのかもしれない。AP nuclease活性が種々の基質で検定されたが、 -GFG-という並びだけが影響を受けていた。
 HIV-1 reverse transcriptaseをAPサイトで終わるテンプレートに対し反応させると、AP サイト3'側にはpurineがよく取り込まれるという結果が出た。purineが取り込まれるテンプ レート、つまりAPサイトの隣りがpyrimidineは今回の結果からも熱力学的に安定している。

 DNA構造の安定性はAPサイトの導入により減少する。この不安定化の原因はエンタルピー 的なものだ。そしてΔG = ΔH - TΔSにより大きなエネルギー差が補完されている。DNAの 安定性にはその配列も影響を与える。APサイトの反対側の塩基の影響は二次的なものであり 近傍の配列の影響が大きい。


≪文献≫
Biochemistry, 1998, Vol.37, No.20 7321-7327
Thermodynamic Consequences of an Abasic Lesion in Duplex DNA Are Strongly Dependent on Base Sequence
Craig A. Gelfand, G. Eric Plum, Arthur P. Grollman, Francis Johnson, Kenneth J. Breslauer

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